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株式会社スマートリンク 増毛かつら歴20年の思い

1杯100円のご馳走

お金がなかったからこそ幸せを感じた時代

 

 

 

僕は、神戸生まれの神戸育ち。24歳で勤務先の転勤で

上京するまでずっと神戸で暮らしてきました。

 

 

 

 

少年時代を過ごしたのは舞子です。

舞子は、海と山に囲まれた自然豊かな場所です。

 

今でも舞子公園での青春時代を思い出します。

 

 

 

 

そんな小学生の頃の忘れられない思い出を記します。

 

 

 

 

家族は、祖父、祖母、父、母、姉、僕の6人家族。

 

決して裕福ではありませんでしたが、大家族ならではの

賑やかな暮らしでした。

 

 

 

時代は、1970年代前半。高度成長期。

 

学校ではキーハンターごっこで

俺が千葉真一や!

 

 

 

カトチャのちょっとだけよ~♪

では友達と俺のほうがうまい!と競い合い。

 

 

 

自宅前の空き地やで近所のワルガキたちと泥だらけに

なって傷だらけ。いつも服をボロボロにして

母親にこっぴどく怒られていました。

 

 

 

 

金銭面で余裕がなかったので着る服はほとんどが

母親の手編みです。


その頃は、姉のお下がりを着てクラスメイトから

からかわれたことも数多く・・・。

 

 

 

 

そんな時代の週1回の楽しみ!

 

 

 

それは、祖母が最寄り駅前(当時の国鉄垂水駅、現在のJR垂水駅)

立ち食いそば屋に連れていってくれることです。

 

 


 

 

 

当時のお小遣いは一日10円です。1ヶ月貯めでも300円の時代。

1杯100円のそばが僕にはご馳走でした。

 

 

 

 

毎週土曜日学校の授業が終わると昼ごはんを食べずに

祖母と一緒に立ち食いそば屋に行くのです。

そばを食べてからカブスカウト活動をしていました。

 

 

 

 

そば屋の食券販売機の前で

 

「なんでも好きなものを選び」

 

と言われてもいつも選ぶのは一番安いメニュー。

 

 

子供心にも祖母に負担を掛けてはいけないと

思っていました。

 

 

 

 

それでも僕は満足でした。

とても美味しかった。

 

 

 

帰りの道中では、

 

「おばあちゃん、ありがとう!来週も連れて行ってな」

 

「もちろんやで。来週は天ぷらそばにしなはれ」

 

「うん!そうする」

 

それでも選ぶのは、毎回かけそばでした。

 

 

 

いまでも立ち食いそば屋の自動販売機を目の前に

すると当時のことがフラッシュバックします。

 

 

 

お金はなかったけど、否お金がなかったからこそ、

一寸したことに幸せを感じられた時代。

 

 

 

セピア色の淡い思い出です。

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